訪問看護師の仕事は、病院のように決められた環境ではなく、患者の「生活の場」に飛び込むことから始まります。
訪問看護では、医療的な処置だけでなく、清潔援助や服薬管理、家族への精神的サポートまで幅広い役割が求められます。時には、限られた物品やスペースの中で工夫しながらケアを行うこともあり、臨機応変な判断力や経験が欠かせません。
以下では、訪問看護師として実際に働いてきた私の体験を交えながら、訪問看護とはどんな仕事なのか、その具体的な仕事内容ややりがい、病院看護との違いについてわかりやすく解説していきます。
これから訪問看護師として働いてみたい方や、在宅医療に興味のある看護師の方にとって、リアルな現場のイメージを掴むきっかけになれば幸いです。
目次
訪問看護とは?働く環境と役割を理解しよう

訪問看護とは、病気や障害を抱えながら自宅や施設で生活する人々に対して、医療的な処置や生活支援を行う看護サービスです。病院での治療を終えたあとも、住み慣れた環境で安心して療養できるように支えるのが訪問看護師の役割です。
訪問看護の定義と目的
訪問看護は、医師の指示書に基づいて看護師が患者の自宅や施設を訪問し、医療処置や健康観察、生活援助を行うものです。厚生労働省の定義では、病状の観察・療養上の世話・医師との連携・ターミナルケアなどを通じて、在宅での生活の質を維持・向上させることを目的としています。
このサービスは、退院後の在宅療養を支えるだけでなく、慢性疾患の悪化防止や終末期の看取り、リハビリ支援など、多岐にわたる支援を担います。医療的なケアに加え、精神的なサポートも欠かせません。患者だけでなく、家族の不安を和らげることも訪問看護師の重要な仕事です。
看護師の体験事例
しかし、患者から「あなたが来てくれるから安心して生活できる」と言われた時、この仕事の本質を感じました。
病院看護との違い
病院では、医療設備が整った環境でチーム医療が展開されます。一方で訪問看護師は、患者の自宅という「生活の場」に入ってケアを行います。訪問先では、清潔区域の確保や物品の準備も看護師自身で行わなければならず、臨機応変な判断と創意工夫が求められます。
例えば、病院では洗髪車を使って寝たきり患者の洗髪が簡単に行えますが、在宅ではそうはいきません。私はペットボトルやビニールシートを使い、患者が少しでも快適に感じられるよう工夫してきました。
また、訪問看護は「患者の生活全体を支える」視点が中心です。病院では症状改善が目的ですが、訪問看護では「どうすれば自宅で安全に過ごせるか」を常に考えながら行動します。
看護師の体験事例
しかし、「タオルをこう使えば体位変換が楽になる」と学び、次第にスムーズなケアができるように。家族から「看護師さんが来ると部屋の空気が変わる」と言われた時は、訪問看護の意義を実感しました。
患者の特徴と対象範囲
訪問看護の対象となるのは、高齢者だけではありません。慢性疾患を抱える人、退院後の回復期患者、障害のある子ども、ターミナル期の患者まで幅広いです。訪問看護師は、医師・ケアマネージャー・理学療法士・介護士などと連携しながら、一人ひとりの生活に合わせたケアプランを実施します。
在宅療養中は、患者だけでなく家族が主な介助者となるため、家族支援も大切な役割です。
服薬管理や食事内容の相談、介護負担の軽減など、家庭全体を支える視点が欠かせません。
また、終末期の患者には、疼痛コントロールや精神的支援を行い、「自宅で最期を迎えたい」という希望に寄り添うこともあります。
看護師の体験事例
訪問看護は「医療の現場を家庭に持ち込む」仕事であり、家族の力を引き出す支援でもあります。
訪問看護ステーションの仕組みと連携先
ご存じのように訪問看護師は、訪問看護ステーションに所属して働きます。
訪問看護ステーションは病院併設型・クリニック併設型・独立型などがあり、それぞれ対象とする患者層や運営方針が異なります。
多くのケースでは、医師が発行する「訪問看護指示書」に基づき、看護師が自宅を訪問し、医師、ケアマネージャー、リハビリ職、介護士との連携を図りながら、チームとして患者の生活を支えるのが基本です。
特に在宅医療では、「情報共有」が命綱です。状態変化を素早く共有し、医師に報告・相談する力が求められます。ステーションによっては、24時間対応のオンコール体制を敷き、夜間の急変にも備えています。
看護師の体験事例
以前、褥瘡が悪化していた患者の事例では、医師と写真共有しながら処置方法を相談。翌週には改善が見られ、「チームで支える力」の大切さを改めて感じました。
訪問看護師の仕事内容

訪問看護師の仕事は、医療処置から日常生活の支援、家族の相談対応まで多岐にわたります。病院のようにチームで動くのではなく、基本的には看護師一人が患者のもとを訪れ、観察・処置・記録までを一貫して行います。
ここでは、訪問看護師が日々どのような業務を担っているのかを具体的に見ていきましょう。
医療処置(点滴・吸引・褥瘡ケアなど)
訪問看護師の大切な業務のひとつが、医師の指示書に基づいた医療処置です。在宅療養中の患者には、点滴やインスリン注射、カテーテルの交換、ストーマケア、吸引、褥瘡(床ずれ)処置など、医療行為が欠かせません。
これらの処置は病院と違い、清潔区域が十分に確保できない自宅で行うため、高い判断力と技術力が求められます。
特に褥瘡ケアや創傷処置は、感染リスクを防ぐために繊細な対応が必要です。限られた物品の中で安全かつ的確に処置するには、準備・手順・環境整備すべてに看護師の力量が表れます。
看護師の体験事例
その工夫を見た家族が「こんな限られた中でもできるんですね」と感心してくれたことが印象的でした。訪問看護では、知識だけでなく「看護師としての応用力」が試されます。
バイタル測定と健康観察
訪問先で最初に行うのが、患者へのバイタルサイン(体温・血圧・脈拍・SpO₂など)の測定と全身状態の観察です。わずかな表情の変化や皮膚の色、呼吸リズムなど、病状の変化を早期に察知することが在宅医療では極めて重要です。
異常が見られた場合は、すぐに主治医やケアマネージャーへ報告し、指示を受けて対応します。
観察内容はその日の体調だけでなく、生活習慣や食事、睡眠リズムまで幅広く確認します。病院とは違い「生活の延長線上で健康を守る」視点が看護師として欠かせません。
看護師の体験事例
すぐに主治医へ報告した結果、急性肺炎が判明。早期対応が命を救ったケースです。「いつも通り」を見極めるために、日々の細かな観察の積み重ねが欠かせません。
服薬管理・副作用の確認
服薬管理も訪問看護師の重要な仕事のひとつです。
特に高齢の患者や多剤服用の方では、飲み忘れ・重複服薬・副作用のリスクが高くなります。訪問看護師は、薬の残数確認や服薬ボックスへのセット、飲み合わせの確認などを行い、必要に応じて医師や薬剤師に報告します。
また、薬の副作用や体調変化を見逃さない観察力も必要です。
患者自身が「いつもと違う」と感じても言葉にできないケースも多く、看護師が代弁者となる役割を果たします。
看護師の体験事例
日常生活支援(清拭・排泄・入浴介助など)
訪問看護師は医療的ケアだけでなく、生活援助も行います。清拭や陰部洗浄、洗髪、入浴介助、排泄援助、体位変換など、患者が快適に生活できるよう支援します。
病院とは違い、家庭にある道具を使って工夫することも多く、生活の場に合わせた柔軟な発想が求められます。
清潔保持は、身体的な清涼感だけでなく、精神的な安定にもつながります。寝たきりの患者が「今日はさっぱりした」と笑顔を見せる瞬間は、訪問看護師にとって大きなやりがいです。
看護師の体験事例
患者が「こんなに気持ちよく頭を洗ってもらえるなんて」と笑顔で話してくださり、在宅でも快適なケアは工夫次第で提供できると実感しました。
家族支援・相談対応
訪問看護では、患者だけでなく家族への支援も欠かせません。在宅療養では家族が主な介護者となることが多く、身体的・精神的負担が大きくなりがちです。
看護師は介護方法の指導、介護疲れの相談、緊急時の対応法の説明などを通して家族を支えます。また、患者の病状や生活環境を踏まえ、必要に応じて他職種と情報共有しながらサポートします。
看護師の体験事例
私は「頑張りすぎず、できることを一緒に考えましょう」と声をかけ、介護方法を一つひとつ整理しました。後日、「あの言葉で気持ちが軽くなりました」と伝えられたとき、家族を支えることの重みを改めて感じました。
記録作成・報告・多職種連携
訪問終了後は、看護記録や報告書の作成を行います。医師・ケアマネージャー・理学療法士など多職種との連携を図るために、記録は非常に重要な看護師の仕事です。
報告内容が曖昧だと、次の支援につながらないため、客観的な記述と正確な情報共有が求められます。
また、ステーションによっては電子カルテを用いたクラウド共有システムを導入しており、チーム全体で状態をリアルタイムに把握できる体制が整っています。
看護師の体験事例
訪問看護師の1日のスケジュール

訪問看護師の1日は、事業所(訪問看護ステーション)での朝の準備から始まり、複数の利用者宅を訪問してケアを行い、記録や報告を終えて帰社するまでが基本の流れです。
ステーションによって訪問件数や勤務時間は異なりますが、1日3〜5件程度の訪問が一般的です。
ここでは、私の勤務経験をもとに、1日のスケジュールと仕事内容の流れを紹介します。
午前:カンファレンス/準備/訪問出発
朝は8時半から9時ごろに出社し、その日の訪問スケジュールを確認します。申し送りやカンファレンスで患者の状態変化や医師の新しい指示内容を共有したあと、訪問に必要な物品を準備します。
必要な物品は、ガーゼや手袋、アルコール綿、ストーマ用品、点滴セットなど多岐にわたります。忘れ物があるとケアが成立しないため、事前確認は欠かせません。
訪問先は、自宅療養中の高齢者、人工呼吸器を使用している患者、ターミナル期の方などさまざまです。スケジュールに沿って車やバイク、自転車で出発します。
看護師の体験事例
ある日、夜間に急変した患者の対応内容を聞いたことで、翌日の訪問で状態観察を重点的に行い、再発防止につなげられました。朝の準備時間は、情報を共有し安全な1日を作る大切なスタートです。
昼:訪問対応と記録
午前中から午後にかけては、1件あたり約60分前後の訪問が続きます。それぞれの訪問先で行うケア内容は異なりますが、主な流れは以下の通りです。
- 状態観察(バイタル測定、全身状態の確認)
- 医療処置(吸引、点滴、褥瘡処置など)
- 清潔援助・入浴介助・排泄援助
- 家族への指導・相談対応
- 記録・次回訪問計画の確認
訪問と訪問の合間には、車内で次の訪問準備や簡単な記録を行います。昼休憩は、事業所に戻って昼食をとることもあれば、訪問の合間に車内で軽食をとることもあります。
在宅看護は天候や道路状況にも左右されるため、訪問看護師にとって時間管理能力も重要です。
看護師の体験事例
午後:追加訪問・緊急対応・帰社後の報告
午後は、午前中に訪問できなかった利用者宅や、医師からの急な依頼による追加訪問を行うことがあります。状態が悪化した患者への緊急訪問も発生するため、訪問看護師は常に柔軟な対応が求められます。
訪問が終わったあとは、ステーションに戻り、使用した物品の片づけや在庫確認、訪問記録の整理を行います。その日の報告書を作成し、医師・ケアマネージャー・理学療法士などの関係職種に共有。必要に応じて看護計画書の見直しや次回の訪問準備も行います。
看護師の体験事例
すぐに医師へ報告し、解熱剤の指示を受けて再訪問。在宅医療では、病院のようにすぐ医師が来られないからこそ、訪問看護師に迅速な判断と行動が求められます。あのときの緊張感は今でも忘れられません。
オンコール対応の実際
看護師が勤務する訪問看護ステーションによっては、24時間体制での「オンコール対応」を行っています。夜間の容体変化や疼痛コントロール、カテーテル閉塞などのトラブルに対応し、医師と連携して処置を行います。
オンコール当番は、日中の勤務とは異なる緊張感がありますが、在宅療養を支える大切な役割です。夜間も安心して過ごせるよう支えることが、訪問看護師の使命ともいえます。
看護師の体験事例
急いで訪問し、酸素調整と体位変換を行い、医師に報告。患者は落ち着き、ご家族から「夜中でも来てくれて本当に助かりました」と感謝の言葉をいただきました。
訪問看護師のやりがい

訪問看護師として働く中で、病院勤務とはまったく違ったやりがいや達成感を感じる瞬間が多くあります。ここでは、私が実際に働く中で強く感じた訪問看護師のやりがいを紹介します。
患者・家族との信頼関係を築ける
訪問看護の魅力は、患者や家族との距離が近く、深い信頼関係を築けることです。病院ではどうしても看護師と患者という立場の距離がありますが、訪問看護では生活の一部に入り込み、日常会話を交わしながらケアを行います。
患者にとって看護師は、医療者であると同時に、生活の支えとなる存在です。
「看護師さんが来てくれると安心する」「あなたが来るのを待っていた」そんな言葉を直接もらえるのが、この仕事の何よりの喜びだと私は感じます。信頼関係が築けるほど、患者や家族も自分の想いを打ち明けてくれるようになります。
一人ひとりに寄り添う看護ができる
訪問看護では、マニュアルに沿った看護よりもその人(患者)に合った看護が求められます。病院では多くの患者を限られた時間で看るため、どうしても流れ作業的になりがちですが、在宅では患者一人にじっくり向き合い、生活背景まで理解した上でケアを看護師が行います。
たとえば、同じ糖尿病の患者でも、食事内容・生活リズム・家族構成によって必要な支援はまったく違います。訪問看護師は「その人の生活の中で何が最善か」を考えながら看護を組み立てていきます。
看護師の体験事例
判断力・経験が磨かれる
訪問看護師は、基本的に1人で患者宅を訪問します。そのため、現場では自分の判断が患者の命を左右することもあります。
状態の変化をいち早く察知し、緊急時には主治医や家族と連携して迅速に対応する力が求められます。
このような環境はプレッシャーもありますが、同時に看護師としての自立心と判断力を鍛える最高の場でもあると私は感じます。病院勤務時代よりも考える看護が増え、自分の成長を実感できるのが私の訪問看護の醍醐味です。
看取り・在宅医療支援の使命感
訪問看護では、患者が「自宅で最期を迎えたい」という希望に寄り添うことがあります。
在宅での看取りは、患者だけでなく家族の心のケアも重要です。痛みのコントロールや清潔保持だけでなく、家族が「この家で送りたい」と思えるような環境づくりを支えるのも訪問看護師の役割です。
死に向き合う現場ではつらさもありますが、それ以上に「最後まで人らしく生きる姿」を支えられる深い達成感があります。
まとめ:訪問看護は“暮らしと命を支える”看護

訪問看護師の仕事は、単に医療処置を行うだけではありません。患者や家族の生活に寄り添い、安心して自宅で過ごせるように支える、それが訪問看護の本質です。
病院のように多くのスタッフがいる環境ではなく、一人で判断し行動する場面も多い分、責任も大きいですが、その分やりがいも非常に深い仕事です。
私自身、訪問看護師として働く中で、患者と家族が笑顔を見せてくれる瞬間、そして「あなたに来てもらえてよかった」と言われた瞬間に、この仕事を続けてきて本当によかったと感じます。
在宅での看取りや終末期支援など、つらい場面もありますが、その人の人生に寄り添う看護ほど尊いものはありません。
訪問看護師に向いているのは、
- 人との関わりを大切にできる人
- 一人で考え行動できる人
- 生活そのものを看護と捉えられる人
です。
もしあなたが「もっと一人ひとりに寄り添った看護をしたい」「病院では見えない暮らしの中の看護を学びたい」と感じているなら、訪問看護はきっとあなたの看護観を大きく変えてくれるはずです。
これからも在宅医療の需要は高まり、訪問看護師の活躍の場は広がり続けます。ぜひ一歩踏み出して、地域で生きる力を支える看護に挑戦してみてください。あなたの経験と優しさが、誰かの生活を支える力になります。